
Boxと連携するトヨタ自動車の証拠保全サービス「PCE」の導入メリットと「知的財産の創造」への開発担当者の秘められた想い
- 業種:製造
- 企業規模:5,001名〜
- 課題:情報漏洩の防止
- 課題:情報共有の効率化・情報のサイロ化
トヨタ自動車株式会社では、Boxと連携した電子データの証拠保全サービス「PCE(Proof Chain of Evidence)」を展開しています。PCEとはどのようなサービスなのか、またPCEを開発するに至った背景やBoxと連携することのメリット、さらにはPCEに託した開発秘話などについて、トヨタ自動車株式会社 先進データサイエンス統括部 DS基盤開発室長 山室直樹氏にお話を伺いました。
PCEの仕組みと特徴
トヨタ自動車株式会社(以下、トヨタ自動車)が展開する「PCE(Proof Chain of Evidence)」は、Boxに対応した電子データの証拠保全サービスです。保全したいデータの「証拠チェーン」をPCE上で作成するとBox上に対応フォルダが出来上がり、そこへデータを格納することで、株式会社Scalar(以下、Scalar)の分散型台帳ソフトウェア「Scalar DL」を利用してデータのHash値をブロックチェーン基盤に記録し、各国の時刻認証局(TSA)のタイムスタンプを自動的に付与します。ファイルの改ざんがあった場合は、「Scalar DL」の改竄検知機能により検知することが可能です。
また、Box上で既存のデータを更新した場合も、更新後の証拠をブロックチェーン基盤に時系列順に自動で記録することにより、ユーザーが証拠保全を特別意識することなく、データの非改ざん性と存在日付を証明し、オリジナル性を担保することが可能です。
近年、企業では業務効率化やコスト削減、さらには環境保護の観点からペーパーレス化が積極的に進められていますが、電子化したデータは紙媒体と比べて複製や改ざんが容易にできてしまうというデメリットがあります。そのため、知的財産に絡むトラブルが生じたときや、情報コンタミネーションや情報漏洩による情報の不適切な取り扱いが疑われたとき、第三者に対してデータの真正性を証明できるように適切に保全することが求められます。
この証拠保全のためには電子公証制度やトラストサービスを利用する方法が一般的に知られていますが、対応ファイルや有効期限が限られることに加え、すべての電子データに対してタイムスタンプを付与するには膨大な工数とコストがかかります。その一方で、PCE、そして容量無制限のBoxを利用すれば、IT管理者ならびに利用者に負荷をかけることなく、企業が持つすべてのデータの証拠保全を簡単に実現することが可能になり、企業のデータガバナンスを飛躍的に向上させることができます。
Boxを選んだ理由
トヨタ自動車の先進データサイエンス統括部 DS基盤開発室長の山室直樹氏は、PCEの開発に至ったきっかけを次のように振り返ります。
「以前、ある国での訴訟において自社の技術情報に関する証拠が認められず苦戦したことがありました。その際に、“単に証拠を持っているだけ"では駄目だと感じたのです。その訴訟は最終的には和解になったのですが、その苦い経験は私の中で知財実務の抱える大きな課題の一つとして認識されるきっかけとなりました。その記憶も薄れつつあった位のタイミングで、後の部長になる人物とブロックチェーン技術についての話を聞く機会があり、この技術を活用すればあの時に何とかなったのではないか、とPCEの原型となるアイデアを着想しました。そしてその後、弊社が『モビリティ・カンパニー』への変革を打ち出したタイミングで、社内で新たなビジネスを考える機会があり、部長から、「あの時話していたアイデアを実現させたらどうだ」と、後押しを受ける形で、開発プロジェクトを立ち上げるに至りました。当時、開発の一番の目的としていたのは知的財産の証拠保全です。しかし、さまざまな企業にヒアリングしたところ、情報コンタミネーションに困っていることをお聞きしました。言われてみれば、私たち自身も課題に感じていましたので要件定義の中に織り込んだのです」
PCEの開発は2020年頭に着手。そして社内実装と並行しながらPoC(概念実証)の賛同者を募り、2022年4月には実運用に耐えられるレベルで試験運用を開始しました。PCEのファイルストレージとしてBoxを採用したのはなぜでしょうか。
「当社ではブロックチェーン技術を持っていなかったため、まずはScalar社に協力いただくことにしました。そして次にファイルストレージのパートナーを検討したところ、容量無制限で、かつ信頼性の高いBoxをScalar社から推薦いただきました。将来起こるであろうトラブルが未然にわかれば、トラブルに関連するデータだけ保全しておけばよいですが、将来発生するトラブルの予測は不可能です。つまり、保有するすべてのデータを保全しておくことがPCEとして抑えるべき重要なポイントであったため、容量を気にすることなくあらゆる種類のファイルを無制限で保存できるBoxは、その点だけを取ってもすごく魅力的だったのです」
また、API連携に優れていることもBoxを選定した大きな理由の1つだったと言います。
「PCEはMicrosoft Azure上に構築した基盤上で、ブロックチェーン技術とファイルストレージをつなぎあわせたサービスです。他社のサービス同士を接続することで成り立っていますので、“着脱性”が重要なポイントでした。その点、BoxはさまざまなサービスとAPI連携が行えますので親和性がとても高く、開発しやすいことがメリットでした。また、実際のPCEの開発にあたってはBox Japanから適宜適切なアドバイスをいただけましたので本当に助かりました」
販売面でもBoxと協力
現在PCEはSaaSとして外販されていますが、Boxとパートナーシップを結べたことはPCEの営業活動においても大きな価値をもたらしました。
「Boxの導入を検討しているということは、ファイルの保存・保全に関して興味を持たれていることと同意義なので、そのようなお客様からリーチしていこうとBox Japanと一緒に営業をかけました。Box Japanの担当者から『トヨタ自動車がPCEというサービスを展開しているのですが、いかがですか?』といったように提案いただけたことがとても有り難かったです」
「Box Japanでもお客様の要件をお伺いし、導入に関心がありそうなお客様にはPCEをご提案しています。弊社からの営業がPCE導入につながることもあれば、逆にトヨタ自動車さんからPCEをお客様に提案いただく中でBoxの導入が決まったこともあります」(エンタープライズ営業3部 担当部長 冨田啓介氏)
その一例として挙げられるのが、株式会社小糸製作所様(以下、小糸製作所)です。
「小糸製作所様がBoxの導入を検討されている中で、情報コンタミネーションリスクに課題を感じられていることを知り、PCEのPoCにご協力いただきました。負荷をかけた際にいくつかの課題が発生しましたが、その都度コミュニケーションを取りながら改善を重ね、無事に製品リリースに至りました。PCEがプロダクトとして完成するまでに、貴重な意見をたくさんいただけましたので、そう言った意味ではもはや共同開発したと言っても過言ではありません。その後、小糸製作所様にはPCEとBoxをご導入いただきましたが、従来のファイルサーバーからの移行を決断されたのは、長年にわたり技術アセットを蓄積され、その価値を企業マインドとして大事にされているからだと思います。そのようなチャレンジ精神のある企業様から良いフィードバックをいただけたのは恵まれたことですので、大変感謝しています」
主なユースケースと今後の展開
小糸製作所様のみならず、現在PCEは業界・業種を問わず、さまざまな企業に導入されていますが、そのユースケースは大きく2パターンに分けられます。
1つ目は、開発部署や研究部署などが将来的に訴訟や紛争、技術流出などで問題となる可能性のある情報をすべて抽出して知財部に提案することは現実的に不可能であることから、「自社のノウハウを“判断レス"で工数をかけることなくすべて保全するため」。
もう1つは、他社との共同開発の際に自社情報と他社情報の整理を行い、不正利用が疑われたときに証明できるようにすることで「情報コンタミネーションリスクを防止するため」。
「たとえば弊社では、新事業企画部では他社様同士のビジネスマッチングを支援しています。その際、企業間の情報のやり取りにおいて、揉め事が発生しないようにPCEで保全をかけています」
PCEはSharePointもサポートしているものの、PCEを導入する企業の多くがBoxとの組み合わせを選択しているとのこと。特に大手企業の場合はすでにBoxを導入済みのケースが多いため、その場合はファイルストレージを変えることなくPCEをスムースに導入できるのがメリットです。
「ファイルストレージを無料で提供するサービスもありますが、やはりBoxには有料サービスならではの魅力が豊富にあります。PCEのお客様からは、Boxのユーザーサポートの質やレスポンスが非常に良いという話を聞きます。今はAI全盛の時代に入ってきましたので、今後を考えると、費用をかけて信頼性の高い場所にデータを保全することが非常に重要だと思います」
PCEの今後に関しては、研究機関や研究開発(R&D)部門を持つ企業を第1のターゲットとしてリーチしていきたいとのこと。
「多くの研究機関や企業の研究所では『ラボノート』と呼ばれるノートを使用して、研究・実験の過程を記録し、知的財産保護を行っています。しかし、それが特許係争時の証拠として認められるためには、さまざまな要件を満たす必要があります。また、記述後は書庫に保存して鍵をかけ、その鍵を誰が所持するなど、厳格なルールのもとで長期間保存しなくてはなりません。そのようなラボノートの作成・管理に対して、課題を感じている企業にPCEはリーチできるのではないかと思います」
そのほかにも協業やM&Aを積極的に行う企業や、AIの利活用においてデータセットの出自を明確にしたい企業にもリーチしていく予定だと言います。
「最初に描いたビジネスモデルでは、PCEは知的財産だけでなく、情報全般を対象にしていました。情報を電子化することは良い面と悪い面があり、さまざまな分野で情報の信頼性が問題になることが予想されます。そうした課題に対処するためにPCEのプロジェクトを立ち上げたのです。これからはPCEが本来目的としていたデータガバナンスという切り口から広げていきたいです。その大きな切り口は『AI』になると思います」
PCEが本来目指すこと
最後に山室氏は、“知財のプロ”としての経験ならびにPCEを開発したことの真意を次のように語ってくれました。
「自分の仕事に“やるせなさ”を感じたこともあります。大抵の場合、知的財産にまつわるトラブルは誰も望んで起こしているわけではないからです。ただ、他社や他者のことがわからないから、不正利用や盗難などの疑念を抱いてしまいます。しかし、いざ訴訟をしても結局何も問題がないことが判明すると、時間や費用のロスが発生し、嫌な気分が残ります。それを経験と捉える向きもあるでしょうが、企業における知的財産活動は価値ソースの際たるものです。本来、知的財産部が取り組むべきなのは知的財産の創造ですから、そうではないことに時間を割いていることが実務家として大きな悩みでした。そのような本来の業務に全力で時間を使うためにもディフェンスを確実に行い、訴訟リスクを低減することがPCEの本来のコンセプトです。それをもっと広めることで、人々が互いを疑うことのない社会の実現を目指したいと思います。」