医療業界では従来より、医師の人手不足や地域間の医療格差など、解決すべき課題が数多くありました。さらにコロナ禍によって世界中でさまざまなことが大きく変化し、デジタル活用によって対策がなされました。一方で、医療分野でのデジタル技術活用の遅れが顕在化し、医療DXの必要性が強く認識されはじめたことも事実です。本記事では、「医療DXとは何か」という基本的な定義から、医療DXに関する国の取り組みやメリット、具体的な事例などについて解説します。
医療DXとは
DX(Digital Transformation)を日本語に訳すと「デジタル技術による変革」となります。DXの意義はさまざまありますが、簡単にいうと「デジタル技術を活用して、社会や生活をよりよく変革していくこと」です。
医療DXとは、医療分野におけるデジタル変革であり、医療業界や各医療機関が抱えている課題の解決や目標の達成に向けて、デジタル技術を活用し、変革していくことを指します。厚生労働省の「医療DXについて」という資料では、医療DXを下記のように定義しています。
「医療DXとは、保健・医療・介護の各段階(疾病の発症予防、受診、診察・治療・薬剤処方、診断書等の作成、診療報酬の請求、医療介護の連携によるケア、地域医療連携、研究開発など)において発生する情報やデータを、全体最適な基盤を通して、保健・医療や介護関係者の業務やシステム、データ保存の外部化・共通化・標準化を図り、国民自身の予防を促進し、より良質な医療やケアを受けられるように、社会や生活の形を変えることと定義できる」
参照元:厚生労働省「医療DXについて」
デジタル技術を活用して医療DXを推進することで、病気の予防・診察・治療といった患者の健康に直接関わる医療行為から、診断書の作成や診療報酬の請求といった医療事務作業、また院内外とのコミュニケーションやコラボレーションが必須の研究や日々の情報交換まで、医療にかかわるあらゆる業務が改善・効率化されると期待されています。2022年10月11日、日本政府は総理大臣を本部長とした「医療DX推進本部」の設置を閣議決定し、翌日には第1回会議を開催しています。国を挙げて医療DXを強力に推進する体制が構築されてきています。
医療業界の現状と抱える課題
日本が早急に医療DXを推進しなければいけない理由は、日本の医療業界や社会が人手不足、少子高齢化、地域間医療格差といった課題に直面しているからです。
人手不足
日本の医療業界は慢性的な人手不足に悩まされており、医師をはじめとした医療従事者が長時間労働を強いられながら支えているのが現状です。しかし過度の長時間労働によって、重大な医療事故や、いわゆる「ヒヤリ・ハット(実際には重大事故には至らなかったものの、いつ事故につながっても不思議ではない事象)」の発生率を上げてしまいかねません。
特に長時間労働のせいで睡眠不足が続くと、作業能力は低下し、反応の誤りを増加させてしまうことにつながり非常に危険です。意図しない事故を防ぐためにも、医療従事者自身はもちろん、患者の健康や生活を守るためにも、医療業界の長時間労働を是正し、DXの一端ともなる働き方改革も推進していく必要があります。
少子高齢化
少子高齢化が進行すると、医療や介護が必要な高齢者人口が増える一方、医療従事者を含む労働者人口の減少も招きます。「令和4年版 厚生労働白書」によると、2040年には医療・福祉分野の就業者数が96万人の人手不足に陥ることが見込まれています。
早くも2025年には、いわゆる団塊の世代が後期高齢者になることから、医療・介護の需要が増大し、さらなる人手不足が懸念されています。病院を拠点に地域ぐるみで医療・介護を支えてくことが必要になってきています。
地域間の医療格差
医療従事者や病院の数は都市部に偏りがちであり、住む地域によって受けられる医療サービスに格差が生じています。
過疎化が進んでいる地域では医療需要の高い高齢者が増えている一方で、医療機関は多くなく、健康に問題が出ても十分な医療サービスを受けることが難しいのが現状です。1つの解として、ITを使った遠隔診療のさらなる促進が求められているのもこういった実情のためです。
医療業界のDXトレンド
医療業界が抱える課題を解決するためには、各医療機関が連携して情報を共有できるシステムを全国的に整備し、医療業務の効率化とサービスの質の向上を図ることが重要です。
フランスやイギリス、イスラエルなどでは、医療情報を国民自身が把握し、医療機関が共有できるプラットフォームサービス(ヘルスケアプラットフォーム)の提供がすでに開始されています。ヘルスケアプラットフォームによって、例えば持病を抱えた人が別の地域に引っ越したとしても、新しい担当医は患者の病歴や治療歴を即座に把握でき、一貫性のある医療サービスを提供できるようになります。
日本でも医療システムやソフトウェアの高度化に向けてさまざまな動きが出てきていますが、まだ十分に普及・活用される段階には至っていません。例えば現在、日本の医療機関で使われている電子カルテシステムは、ベンダーごとに情報の入出力方式などが異なっており、導入しているシステムによっては、医療機関の間で情報を共有することが困難です。電子カルテは大病院以外ではまだまだ普及率50%未満と高くなく、電子カルテを導入している医療機関の数自体が十分ではありません。
イギリス・アメリカ・フランスのオンライン診療普及率が新型コロナウイルス感染症流行後に50%以上に達しているのに対し、日本では規制が緩和されて普及率が大幅に伸びたものの、それでも15%と、先進諸外国に比べれば大幅に立ち遅れています。2022年、自民党はこうした状況に危機感を覚え、医療のDX化および医療情報の有効活用を推進するための提言「医療DX令和ビジョン2030」を取りまとめました。
「医療DX令和ビジョン2030」の中身は?
日本の医療DXの施策に関する現状と課題が整理され、医療DXの実現に向けたビジョンが提言されています。この提言を受けて、日本政府は先述の「医療DX推進本部」を設置し、「全国医療情報プラットフォームの構築」「電子カルテの普及」「診療報酬改定時の負担削減」といった課題に取り組むことを明らかにしました。
参照元:「医療DX令和ビジョン2030」の提言
国の医療DX推進本部「医療DXに関する施策の現状と課題」
全国医療情報プラットフォームの構築
「全国医療情報プラットフォーム」とは、レセプトや電子カルテ、予防接種、処方箋など、医療全般の情報を集約し、全国の医療機関で共有するためのプラットフォームです。このプラットフォームが構築されることにより、患者の病歴・治療歴・薬剤服用歴などの情報をどの医療機関でも簡単に確認でき、医師は患者の病状を迅速かつ的確に把握して、早期治療につなげられるようになります。
また、重複検査や重複投薬などが回避されるため、患者側にも無駄な医療費の出費を抑えられるといった恩恵があります。全国医療情報プラットフォームでは、予防接種や自治体健診などの情報を閲覧することも可能です。医療機関だけでなく、自治体や介護事業者の全国医療情報プラットフォームの共有も構想されており、実現すれば地域医療の活性化が推進されるものと期待されています。
電子カルテを2030年までに普及完了
電子カルテを2030年までに普及するという基本方針が示されたことも重要です。電子カルテとは、デジタルで編集・管理できる患者の診療記録です。従来の紙カルテに比べて、情報の記録・共有・保管の手間を削減することができ、業務の効率化や情報共有の促進に大きく貢献します。
書類の保管スペースが不要なことや、文字の書き間違い・読み間違いなどによるミスや事故が起こりにくい点もメリットです。電子カルテ規格が標準化されれば、他の医療機関との連携もスムーズに行えるようになります。
診療報酬改定時の負担を大幅削減
診療報酬改定時の負担を大幅に削減することも医療DXの大きな課題です。診療報酬改定の公示は、隔年3月に行われるのが恒例です。各ベンダーでは、改定内容をシステムに反映するための作業を改訂施行日である4月1日までの約1ヵ月間で完了させなければならず、大きな負担になっていました。
さらに、改定施行日後も「疑義解釈」が通知されるたびにシステムを変更しなければならないため、さらに手間がかかります。「共通算定モジュール」の導入により、こうした課題の解決を図ります。
医療現場の作業効率化
医療DXを推進することで、医師が行う診療の的確化などが図れることはもちろん、医療事務などの作業の効率化も期待できます。例えば、AI(人工知能)を用いた画像診断やカルテの解析などを活用すれば、診断に関わる医師の作業を大幅に効率化し、ヒューマンエラーを低減することが可能です。また、在庫管理など定型的な医療事務作業については、RPA(Robotics Process Automation:ソフトウェアロボット)というITツールを導入することで自動化できます。カルテなどを電子化することにより、書類の紛失をはじめとしたミスを減らすこともセキュリティ管理をすることも可能です。
利用者の負担軽減
医療現場の作業が効率化されれば、受診時における患者の待ち時間を短縮できます。また、医療機関の間でカルテなどの情報共有ができるようになれば、労力面でも費用面でもコストを削減できます。
オンライン診療の実施
オンライン診療やそれによる遠隔診療が普及すれば、体力的に外出の負担が大きい高齢者や、医療機関が少ない過疎地域の患者なども、医療サービスへアクセスしやすくなります。
予防医療の実施
医療DXによって、患者のデータや診察データを効率的に収集・分析できるようになれば、効果の高い予防医療や処置をしやすくなることも大きなメリットです。患者側でも、スマートフォンなどを使って治療歴や薬剤服用歴などを確認して自分の健康状態を確認できるようになり、健康管理をしやすくなります。少子高齢化によって医療費をはじめとした社会保障費の負担が大きくなるなか、予防医療や早期治療の実現は社会保障費を低減するのに大きな意味があります。
BCP対策の強化
BCP(事業継続計画)とは、自然災害などが発生した場合にも被害を最小限にとどめ、事業を継続・復旧させるための計画のことです。例えば紙のカルテを使用している場合、病院が地震や火事などで被災したら、患者の診療データも失われてしまうかもしれません。しかし、電子カルテを導入し、複数のデータセンターにバックアップを取っておく体制ができていれば、病院が被災しても医療サービスを継続したり、早期復旧を図りやすくなったりします。
医療DXの注意点: セキュリティ・情報管理が重要
医療DXを推進していけば、扱われる情報量はもちろん、稼働するシステムも年々増加していくことが予想されます。システムや情報などが適切に管理される体制を構築することが重要です。
もちろんセキュリティ対策も欠かせません。例えば、電子カルテに記載された内容をはじめとした患者のデータは個人情報のかたまりです。サイバー犯罪者にとっては魅力的なターゲットであり、医療機関がサイバー攻撃の脅威に晒される可能性は十分にあります。医療DXを推進する際には、セキュリティ対策も万全に行い、システムやデータが安全に運用・管理されるようにしなければなりません。
医療業界のDX事例
一部の医療機関では、すでに医療DXに取り組んで一定の成果を収めています。例えば、埼玉医科大学国際医療センターは、クラウドサービスの1つであるコンテンツクラウド「Box」を活用して患者向けの情報共有ポータルサイトを構築しました。
この情報共有ポータルサイトでは、患者自身がパソコンやスマートフォンなどを使って、血液検査やCT、MRIなどの検査データや画像データを閲覧できます。これらのデータは医療機関とも共有されており、不要な検査などを行う手間や費用を抑えられるようになっています。患者情報は重要な個人情報にあたりますが、同センターはそういった情報のセキュリティ基盤としてもBoxを活用することで、エンドユーザーにも使いやすいインターフェースと、情報のセキュリティ確保の両方を実現しています。
埼玉医科大学国際医療センターの取り組みの詳細や、そのほかの医療DXの事例については、以下のページをご覧ください。
まとめ
医師の人手不足や少子高齢化、地域間の医療格差などの問題が顕在化するなか、医療DXは日本全体で取り組むべき課題となっています。医療DXの推進により、医療現場の業務効率化や負担軽減、情報共有などが促進され、より合理的かつ充実した医療サービスを提供できるようになります。
セキュアな情報共有プラットフォームを整備することにより、医療現場の業務効率化や病院や施設内外での安全な情報共有の促進、テレワークなどの働き方改革の推進、脱PPAPやマルウェア対策といったセキュリティやコンプライアンスの強化などをまとめて実現することが可能です。
Boxは、情報を効率的かつセキュアに管理できる情報共有プラットフォームです。働き方改革や安全なコラボレーション、ペーパーレスといった院内のDX推進には、コンテンツクラウドの検討をしてはいかがでしょうか。
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